#3 [STUDY] サーキュラーを軽やかに乗りこなす/ Travelling Light on Circularity
ものづくりに関わる分野でありながら、サステナビリティからは少し遠い分野のようにも感じるグラフィックデザイン。ひとりのデザイナーとして、どのように持続可能性に向き合ったらいいのだろうか。ペーパーパレード代表の守田篤史さんが身近な実践から考える、サーキュラーの乗りこなし方とは。
Graphic design is a field that is related to manufacturing, yet rarely comes up in conversations about sustainability. As designers, how should we accept the responsibility of bringing about sustainable futures? Atsushi Morita, co-founder of Paper Parade Inc., considers how to “travel light” on the issue of circularity from the point of view of day-to-day practices.
*We encourage anyone who is not proficient in the language in which the following text is written to use translation services and apps that are available on the Internet such as DeepL and Google Translate.
†We’ve also added a “Notes from the Editorial Team“ at the end of the article to provide some context that might help with the interpretation process.
「サステナブルな文脈では、グラフィックデザインがやれることは少ないのではないか?」2021年頃、あるカンファレンスで、そんな余計な一言を言ってしまい、場の空気を凍りつかせてしまったことがある。場の雰囲気をすぐに察知してお茶を濁したが、この「余計な一言」がずっと喉の奥に引っかかっていた。この引っ掛かりの正体は何かを考えることが、僕がサステナビリティやサーキュラーについて考えるきっかけとなった。
「カッコいいものを作りたい」と考えるグラフィックデザイナーの特性もあってか、当時の僕は、サステナビリティやサーキュラーをデザインに取り入れることは、表現をする上での制約になると感じていた。意識の高い人がやればいい、自分には関係ないと思っていた部分もあったかもしれない。
サステナビリティを考えるにはどうしたらいいのか。まずは自分の身近なところから実践してみようと思って取り組んだプロジェクトが「ブランドペーパー」だった。これはブランドの理念を体現する紙を選定し、ブランドペーパーと定めることで、その紙が持つ色や風合いを軸に、ブランドカラーの設定やツール制作などを展開する、紙由来のブランディング手法である。これにより印刷の色校正の必要がなくなり、費用や確認のための時間を削減することにつながるだけでなく、浮いた予算を箔押しなどの特殊加工に回せば、ベンチャーや中小企業といった規模の小さな事業者でも、洗練されたブランディングが可能になる。
当初は予算のない中で、いかにカッコいいブランディングを展開するかを試行錯誤するなかで編み出した手法だったが、印刷工程や校正などのコストの削減と生産性を上げることが、生産時に発生する紙の廃棄量を減らしたり、輸送にかかるCO2削減にもつながったりすることに気がついた。
紙にまつわるプロダクトでは、商品そのものではなく、その製造の過程で廃棄される紙も少なくない。例えばオフセットで印刷をする上では、予備の通し紙と呼ばれる印刷を安定させるための紙が必要になる。その数は1色の印刷をするのに100枚〜150枚。両面フルカラーだと、CMYKの4色の印刷を表と裏に印刷するので、800枚〜1200枚の通し紙が必要になってくる。仮に、実際に使用する紙の枚数が300枚、A4チラシサイズに換算して3000枚のチラシであっても、この通し紙はどうしても廃棄されてしまうことになる。ここで言いたいのは、オフセット印刷が廃棄を助長するということではなく、このことを知った上でデザインすることが大切なのではないかということだ。
環境負荷が高いから紙ものは制作しない。それもひとつの考え方ではあるが、印刷やブランドツールの制作を一切やめてしまったり、逆に、印刷は必要だからと環境負荷のことを考えないといった思考停止に陥ってしまっては元も子もない。「この表現はしたいけど、環境のことも考えたい」というジレンマに対して何ができるかを考えること、それこそがデザイナーの力の見せどころではないだろうか。
グラフィックデザインの視点から、先ほどのジレンマの解決策を考えてみると、すぐさま思いつくのは色数を減らしたデザインをすることだろう。「表の印刷は少しこだわるから、2色で展開するグラフィックに、裏は特色で1色でデザインして......。そうだ! 表の2色を掛け合わせて3色っぽく表現できるな。グラデーション表現にしてもおもしろそう!」こんな感じで考えることができたら、デザインにサステナビリティを取り入れることは制約ではなく、表現する上でひとつの要素であり、新しい表現を生み出すための可能性になるかもしれない。
ここで気がついたのは、「サステナビリティがデザインの表現を狭めることはほとんどなかった」ということだった。言うなれば「この情報をA4サイズのチラシに納めてください」という条件と、さほど変わりがないとすら思う。柔軟に考えるはずのデザイナーなのに、サステナビリティとなった途端に頭でっかちになり、思考停止していたと笑ってほしい。でも僕のようなデザイナーは意外に多いように思う。
屋外広告再生に立ちはだかる壁
サステナビリティをデザインに取り入れる、グラフィックデザイナーとしての小さな実践を経て浮かんできたのは、広告を循環させることは出来ないかという問いだった。そこで目をつけたのが屋外広告だ。屋外広告は都心エリアを中心に、商品価値を訴求するために重要なPRツールのひとつで、僕自身、美大生のときには、渋谷の屋外広告がつくる圧倒的な世界観への憧れもあった。しかし、みなさんのご想像の通り、サステナビリティの観点から見ると、屋外広告は消費を促し、その発信ツールであるメディア媒体自体が大量に廃棄されるという問題がある。ただ単に屋外広告を悪者にするのではなく、グラフィックデザイナーとして、この問題に向き合ってみよう。
屋外広告について調べてみたところ、約2~3週間という平均掲出期間に対して、使われているターポリンなどの素材の耐久年数は10年程度で、掲出後はそのほとんどが埋立による廃棄をされているということがわかった。僕がリサーチしたなかでは、渋谷の駅前エリアだけで年間10トン近くの屋外広告が掲出され、そのまま廃棄されていた。この大量廃棄の状況に対して、この掲出期間(役割寿命)と耐久年数(素材寿命)を活かしたアクションとして、屋外広告をアップサイクルする「屋外広告再生プロジェクト」を立ち上げた。
まずは屋外広告を回収しなければと、掲出元や広告主に「屋外広告をください」と、手当たり次第に連絡をしてみたが、返答はすべてNO。理由は「広告を二次利用する際の許可申請に時間がかかる。屋外広告自体は設置から処分に関しては施工業者に委ねており、どう処分するかは企業秘密に該当するため、教えられない」といったものだった。また仮に広告主からの許可が下りたとしても、モデルやタレントを使っている場合にはそれぞれの事務所、そしてデザイナー、カメラマンにも確認が必要になる。ほかにもいろいろなことを言われたが、とにかく結論は「屋外広告は渡せない」ということだった。10数社に問い合わせをしたところで、がむしゃらに交渉するのではなく、なぜ渡してもらえないのかを考えてみることにした。
屋外広告をはじめ広告には、広告主である企業のロゴなどにかかる商標権、モデルやタレントなど広告に掲載される人物にかかる肖像権、デザイナーやイラストレーター、カメラマンなどのクリエイターにかかる著作権といった権利が発生している。屋外広告の回収に立ちはだかっていたのは、この「権利の壁」だった。
これら一つひとつに対して許諾を取るのは現実的ではない。ならば印刷(=権利)を消すことはできないか。表面の印刷を消すためにはいろいろなアプローチがあるが、採用したのは「シークレット地紋印刷」を施すという方法だった。これは印刷された情報を認知させなくするために、印刷面の上からオーバープリント(重畳印刷)するという手法だ。身近なところでは、銀行からのDMなど個人情報が透けて見えることがないように、細かい模様が印刷されている封筒などに使われている。
このシークレット地紋が権利の壁を乗り越える糸口となり、それまで門前払いだった広告主や掲出元の企業が話を聞いてくれるようになった。このとき、改めて感じたのは、話を持ちかけたほとんどの企業が屋外広告を再利用させたくなかったのではなく、そのための壁の乗り越え方がわからなかったということだった。
都市型のサーキュラーを実現するには
屋外広告のアップサイクルが進み、次に取り組みはじめたのは、都市ならではのシステム経済にサーキュラーを組み込むことだった。その取り組み事例として、大丸有エリアマネージメント協会(通称リガーレ)と一緒に立ち上げたプロジェクト「Ligaretta(リガレッタ)」を紹介したい。
「Ligaretta」は、大丸有エリア内から出た広告バナーなどの廃棄されゆくものをまちの物語が沁み込んだ素材として捉え、廃棄量を減らすだけではなく、まちの物語をつないでいくことをコンセプトに、まちというコミュニティを起点としたアップサイクルファッションブランドだ。
プロジェクトを進めていく上で最も意識を傾けたのは、ステークホルダーのマインドセットをどう整えていくか。ともすればPR的になりすぎるサーキュラーだが、逆に都市の経済活動を並行しながら、すべてをいきなり変えるのではどこかで歪みが生じてしまう。「Ligaretta」は一過性のプロジェクトで終わらせるのではなく、続けていくことをミッションとし、プロジェクトの現在地を見据えた上で未来の目標を決めていった。
現時点ではまちの廃棄素材をアップサイクルするブランドとしてスタートしているが、ゆくゆくは、まち由来の素材を循環させクローズドループにすることで、まちという単位でサーキュラーエコノミーを実現することを目指している。
ただ、この目標は押しつけであってはならない。「Ligaretta」ではまちの廃棄を減らすという意識だけでなく、まちの物語が沁み込んだファッションを纏い、まちの物語をつないでいくという「エモさ」が、プロジェクトメンバーの大きな推進力になった。アップサイクルって何?サーキュラーって何?という人たちが、まちの未来に対して、自分たちには何ができるのかを考え行動してきたことが「Ligaretta」の力の源ではないかと感じている。
グラフィックデザインの視点からサーキュラーを乗りこなす
2020年に欧州委員会が発表したプロジェクト、New European Bauhausのスローガンには、beautiful、sustainable、togetherの3つが掲げられている。誰かに押しつけられたサステナブルやサーキュラーではなく、人々の心を打つ美しさがあればこそ、ひとはサステナブルな活動に参加してくれる。そして、この美しさにはグラフィックデザインだからこその可能性がある。「Ligaretta」の事例ではエモいと表現したが、まちの人々のモチベーションを高めたのはグラフィックデザイナーの視点から提案した美しいデザインだったように思う。
またブランドペーパーや屋外広告再生プロジェクトの事例を振り返ってみると、既にある技術を応用させる「枯れた技術の水平思考」的なアプローチで取り組んできたことがわかる。これらはグラフィックデザイナーとして印刷加工の業界で培ってきた知識や感性だ。でもそれらは異なる業界では当たり前ではない。そこにはグラフィックデザイナーだからこそ行き着ける課題解決のアプローチがあるはずだ。
大きな技術革新ではなくとも、ひとつスイッチを切り替えれば、新たなイノベーションは起きうる。グラフィックデザイナーとして培ってきた感性や知識を活かして、コンセプトもデザインも美しい提案をし、軽やかにサーキュラーを乗りこなしていこう。
Text by Atsushi Morita(編集:白井)
編集部コメント Notes from the Editorial Team
従来のデザインからサーキュラーデザインに移行する過程であらわになる様々なしがらみ。でも守田さんは美しさを諦めなかった。むしろみんなが諦め、挑戦しようとも思わなかった領域に、グラフィックデザインの技法で鮮やかに切り込み、デザインの圧倒的なカッコよさで人々の心を掴む方法を発見したのだ。「Ligaretta」のように、ある場所をある時期に彩ったグラフィックが都市のアーカイブとして再生され、同時に次なるクリエイティブの素材になり、街の物語の続きを紡いでいく仕掛けはなんとも素敵だ。二次利用の制約や業種の分断を超えて、さまざまな人が素材をパスしながら、ともに多元的な都市の文脈を作る。こういう動的で協働的なプロセスが、これからの都市のサーキュラーデザインの前提になってくるだろう。(高坂)
Morita’s projects described above remind me of the central question Ruben Peter asks in his book CAPS LOCK: HOW CAPITALISM TOOK HOLD OF GRAPHIC DESIGN, AND HOW TO ESCAPE FROM IT, i.e. can ethical graphic design exist under capitalism? By embracing circularity and sustainability as design principles, and regarding them not as constraints on his expression (as many graphic designers tend to do) but fodder for his creativity, he seems to be suggesting that being ethical and a graphic designer at the same time isn’t as hard as it sounds. Of course, we should always be mindful that the threat of being co-opted by capitalism is constant, and wicked problems like the climate crisis cannot be solved merely by reducing paper usage here and there, but that doesn’t give graphic designers an excuse to stick to business-as-usual. It might be flipping the brand creation process on its head by starting from the materiality of paper (colour, texture, and etc.) instead of choosing the brand colour first and then trying to re-create it on paper (producing massive amount of waste in the process). Or it might be coming up with a creative solution to the heavy environmental cost of street flagpole banners by re-framing it as an intellectual property problem. Obviously, these projects by themselves will have very little impact on the climate crisis as a whole, but they are a step in the right direction, and a step graphic designers are better situated to take than any other type of designer. Morita certainly makes a strong case for “travelling light” if one wishes to design ethically in this day and age. (Edward)
守田 篤史
Paper Parade (共同代表/アートディレクター)
「紙や印刷の新しい価値を生み出す」をテーマに、フィジカルの境界を横断しながら独自の世界観を創出するデザインを提案している。下町の印刷・紙加工工場との協働を通じてプリンティング、プロセッシング技術の知見を深める。アートディレクターとプリンティングディレクターの2つの視点からの提案を得意とし、サーキュラーの観点からプロジェクトをプロデュースするといったサステナブルな領域のデザインも提案している。国内外の受賞歴多数。JAGDA会員。コーヒーブランド 、キッチンスペース「1 room kitchen」主宰。
「環境負荷が高いから紙ものは制作しない。それもひとつの考え方ではあるが、印刷やブランドツールの制作を一切やめてしまったり、逆に、印刷は必要だからと環境負荷のことを考えないといった思考停止に陥ってしまっては元も子もない。」
自身の発言のひっかかりを見過ごさず、プロジェクト実施に進んだ様子や、思考の過程がわかり、参考になりました。私自身取り組むテーマはデザインとは、異なりますが自分自身の活動にもこの考え方を取り入れたいと感じました。